展覧会日和[2010・1〜2月]

1月×日
川崎市岡本太郎美術館の「対照 佐内正史の写真」展があと数日で終了なので行く。冬とは思えない温かさ。おまけに地図を見間違えて山の中を大幅にオーバーランしてしまい、致命的な方向音痴だった大学時代のオリエンテーリング部での記憶が頭をよぎった。子どもの頃だけでなく、大人になってからもずっと迷子だった。

山道を登ったり降りたりしてようやく目的の美術館へ。入館後さらに歩いた場所に、佐内さんらしい素っ気ない展示コーナーが待っていた。すべての写真作品が額装ではなく、紙焼きのままテーブルの上に無造作に並べてあり、鑑賞者が自由にそれらを手にとって見ることができる。そこには編集という意志がまったく介在していない。別の場所に並べられた「対照」レーベルの写真集にも編集の跡がみられない。全てに意味がない。というより、順序良く並べることで発生してしまう「意味」への強い拒絶が感じられる。その居心地の悪さと底知れぬ虚無感が、1997年に衝撃のデビューを果たした佐内さんの写真を(中村一義のジャケットで)初めて見たときと、全く変わってないことだけは確かだった。独り言をつぶやくようにシャッターが押され、その結果だけがただ淡々と順不同で並べられていく。

1月×日

tabidachi
 
ミナペルホネンでぴったりサイズのノーマルな男物シャツを買ってから、白金高輪から恵比寿まで意味もなく歩き、行く気のなかった東京都写真美術館で「出発-6人のアーティストによる旅」という企画展を観る。日本の新進作家(とはいっても年齢的には中堅以降)による、「旅」をテーマにした6人6様の写真。中でも離島に渡って写真を撮り続ける百々武さんの、作品の背後に漂う人々の暮らしぶりや、石川直樹さんの、普段われわれが見ることも想像することもできない富士山の姿が印象に残った。どの作家も見ごたえがあった。

1月×日
事務所の仕事場の方に出勤したが、あまり集中できないので、歩いて目黒通りのCLASKAへ。「ミナ ペルホネンとトラフの新作/習作」というタイトルで、ミナの雑貨や、コラボによって作られた家具を展示している。普段感じることのできないゆったりした空間と時間を過ごすことができた。店内でかかっていたTHE YOUNG GROUPのCDが、さらにゆったり感を増していた。アルバムのタイトルだけチェックして、帰宅してからiTunesで購入した。

1月×日
家族で出かけた青山・こどもの城で風邪をもらってきてしまい、三人とも熱や下痢やら発疹やらで長期間ダウンしてしまった。一週間後なんとか復活して、天気もいいので原宿へ。Rocketの古本市を覗いた後、ウェブでなんとなく気になっていた大久保厚子さんの個展「I NOW WALK」をHBギャラリーに観に行く。90年代のザ・チョイスを思い起こさせるラフな風景画が心地良くて魅力的だった。一緒に仕事がしてみたいと思うけど、いまのぼくの仕事ではふれ合う機会が少なそうなのがとても残念。

1月×日
7年くらい使っていたメガネがゆがんでしまい、レンズもコートがはげてボロボロなので、フレームごと新調した。1才3か月(当時)の娘が、新しいメガネをかけたぼくの顔を見て、不思議そうに「あれ〜? おかしいな〜」。新しいメガネで見る初めての展示は、竹尾見本帖本店(神保町)の「クリエイター100人からの年賀状」 。ここ数年毎年観ているが、今年は時代のせいか、奇をてらった年賀状が少なかったように感じた。移転のお知らせを兼ねたグルーヴィジョンズの、宝船のベジェ画が描かれた大判の年賀状が群を抜いていた。「年賀状には良いことしか書かれない」というのが今年の、当たり前だけど大きな発見だった。

銀座へ。ギンザ・グラフィック・ギャラリーで「田中一光ポスター 1953-1979」を観る。氏の作品をまとまった形で見るのは初めてだった(代表的な作品は雑誌等で何度も見ていたけど)。一見してわかるのは、色の引き出しがものすごく豊富だということ。色の置き方・並べ方も独特で、通常ではありえないよう配色に冒険的にトライしている。タイポグラフィがシンプルなぶん、色で深みと広がりを作り出しているのが伝わってくる。70年代に入ると写真やグラデーションを使った表現も増えてくるが、60年代のミニマルな表現にやはり大きく心を動かされた。図録を購入。

そのあと新橋のクリエイションギャラリーG8へ。こちらでは、いまだ現役で古希の三人のアートディレクターたちによる「○△□展2010(長友啓典・浅葉克己・青葉益輝)」をやっていた。ある種ばかばかしいところもあるが、先輩がいなかった自分には、こういう本物の先輩たちの仕事が何より刺激になる。三人の年表がじゃばら式に綴じられた図録を買って帰る。

 
2月×日

yaoyao
 
ユトレヒト(表参道)でレイキンこと多田玲子が『八百八百日記』原画展をやっているというので、家族三人で観に行く。珍しい人たちに次々と出会い、そのたびに娘が大泣きした。作品はレイキンの真骨頂ともいうべき、マーカーで描かれた綺麗な色彩の可愛い絵。

2月×日
2月は例年、一年を通していちばん仕事の少ない時期にあたる。寒いけど、この時期に仕込みや遊びを済ませておかないと…。まずは六本木近辺をぶらぶら。GALLERY TOKYO BAMBOOのPAPER DOLL展(雑誌の付録風の着せ替え人形の展示)をチラ見した後、気になっていたAXISリビング・モティーフのトクショクシコウ展に行ってみた。色(特色)が主体という感じではなく、あくまでもプロダクトを主体にした展示だった。トラフの「空気の器」が群を抜いて美しかった。いたずら盛りのうちの娘にびりびりに破かれることは明白だったので、買うのは諦めた…。

六本木から広尾に移動し、観た人たちがしきりに勧める「ノーマンズランド」へ。旧フランス大使館の取り壊しに伴い、様々なアーティストが館内の設備を使って自由に表現するという催し。平日なのに若者に混じってたくさんの老人や家族連れが訪れていたのが不思議だった。一応展示物は全部目を通したけど、細部をじっくり観る余裕はとてもなかった。古い建築の面白さや、文化祭のようなノリを楽しむイベントだと思い直すことにした。

歩いて恵比寿へ。大使館を出たところに米国軍人向けのホテルがあり、入口で兵士が銃器を携えて警備していたのを目の当たりにして、日本は敗戦国だったことを改めて思い出す。NADiffの地下ギャラリーで柴田敏雄の写真展「a View for Grey」。写真集『a View』と『for Gray』からの展示。ドイツの写真家アンドレアス・グルスキーに匹敵する「神さま目線」の写真。神のみぞ知る瞬間、を正確に写し止めていた。2FのG/P Galleryでは、中島英樹個展「Re- Street View/Line」が開かれていた。展示そのものより、台に置かれていた中国語の分厚い作品集(中島さんの仕事がまとめられた和綴じの本)が気になった。中国語のサイトで調べたらすでに絶版だった。

2月×日
ここ何年かずっと展示を見させてもらっているイラストレーター伊藤絵里子さんも参加するグループ展「花に聞くvol.6 椿」を観に、表参道へ。グループ展とはいえそれぞれのレベルが高く、たった一枚の椿の花の絵から訴えかけてくる作品がいくつもあった。そのあとランチを食べに、スパイラル地下のCayへ。小池アミイゴ作品展「唄の荒野」が開催中だった。アミイゴさんは福岡や大阪など日本各地のミュージシャンと交流しながら、ライブペインティングなどの活動を並行して行っている。その合間に描かれたという商店街などの風景画は、どこか物寂しさもありつつ、透明でのほほんとした希望に支えられているようにもみえた。

2月×日
連日オリンピックで世の中が盛り上がっている。ご多分にもれずカーリングが好きだが、応援している近江谷杏奈選手の調子が出なかったりしてなかなか悔しい。そんなこととは関係なく、ユトレヒトで小木曽瑞枝展「深海の庭」を観る。画像で見たときは切り絵に見えた素材は、紙ではなく木だった。予想していたよりオブジェ的で迫力もある。造形や色はブルーマークと共通するセンスも感じた(今回はポストカード制作でコラボしている)。

GYREでは、ヒロミックスの久々の展示「愛の部屋 by Hiromix」をやっていた。先日のノーマンズランド(旧フランス大使館)で観たのと同じ趣旨のインスタレーション。もはや写真家としての活動にとどまらず、ドローイング、映像など多方面に活動しているようだ。おおむね綺麗だったけど、ひとつだけ「愛」をテーマにしたゴダール的な間が多用された映像作品『なんて素晴らしい君』について思ったこと。作中ずっと朗読されていた詩が、「愛」とはほど遠い、愛のふりをした自己保身・自己実現(愛が成就するかどうか、告白すべきか…etc.)の堂々巡りでちょっと辟易してしまった。10代の乙女語りみたいなレベルを遙かに超えた愛を見せてほしかったな、と思うと同時に、10代なんてとうの昔に通り過ぎてしまった自分の「青春の喪失」ぶりにも愕然とした。
 
>>展覧会日和[2009・11~12月]

 
――2010秋以降の展覧会ツイートを、こちらのハッシュタグ #gbiyori に残しています。

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