キミの手をひいて

娘が生まれるまで、子どもというものに全く興味がなく、友だちの家に赤ちゃんが生まれても「ふ〜ん」という感じだった。勤めていた会社は生き馬の目を抜くような音楽業界ならではの忙しさで、自分が子どもと暮らす姿なんて想像すらできず、自分自身や同世代の間から生まれるクリエイションばかりに夢中だった。まだ若かったのかもしれない。

そんな多忙な会社にも斜陽が訪れ、ぼくは迷わず独立を選んだ。しかしフリーランス後も社員時代の感覚でがむしゃらに働く中、ある日突然体調を崩してダウンしてしまった。幸いにもすぐに回復したものの、少しの間休養を兼ねて自宅で働く日々が続いた。自分の仕事や生活についてゆっくりと見つめ直すにはちょうど良い機会だった。これをきっかけに長年暮らした古くて小さなマンションを離れ、もう少し広い場所に引っ越した。そんな折「ここのお部屋なら私も一緒に遊んでもいいよね?!」とばかりに「それ」はやってきた。

最初直径1cmの丸い塊だったそれはみるみるうちに大きくなり、母のおなかを頻繁に蹴るまでに成長した。十月十日(とつきとおか)はあっという間だった。その後長く関わることになる、スムルースという大阪在住のロックバンドとの最初の仕事、アルバム『UNITE』の入稿が終わったちょうど次の日が彼女の誕生日となった。『UNITE(ユナイト)』は絆やつながりを意味する言葉だが、「私にとって『ユナイト』は娘と自分をつなぐ《へそのお》だった」という妻の話を、メンバーやスタッフがとても喜んでくれた。

娘が生まれてからの毎日は、生後まもなくの頃の日記にも書いたが、怒濤の日々だった。突然泣く、おむつ替え、おっぱいがうまく飲めない、なかなか眠らない……など初めての出来事が目白押しで、一瞬たりとも気が抜けない。その一方で、生きるエネルギーを精一杯に発している赤ちゃんの一挙手一投足が、可愛くて面白くて一秒も見逃せない。あっという間だった妊娠中とは対照的に、毎日毎時間毎秒が過ぎるのがとても遅く、一分一秒が何時間にも相当するような濃い時間を過ごしていた。
 

そんな子育てまっただ中の生後8か月を過ぎた頃、スムルースの『WALK』ツアーを観に、横浜のライブハウスへ出かけた。赤ちゃんを連れて来られない代わりにと、終了後の楽屋で子育ての苦労話を思い入れたっぷりにしたのだろう。そんなことも忘れかけていた頃、横浜の楽屋で聞いたぼくの話をヒントに生まれた曲ができたという知らせを、ヴォーカルの德田君から聞いた。それが今年5月に出たアルバム『HAND』の最後の曲「キミの手をひいて」だった。
 

キミの手をひいて また思い出していた
ボクが生まれた日に 周りが幸せになった話
写真には 今のボクと同い年の父がいて
ずっと笑っている ずっとそこで笑っている

キミの手をひいて 行きたい場所がある
そこに家を建てよう だいぶ無理してさ
ボクらが誰かにしてもらってきたことを
ただ それだけのために
ただ それだけのために

「キミの手をひいて」(詞・徳田憲治)より
 

「ただ それだけのために」というぼくの言葉が印象に残ったとあとで聞いたが、実はあんまり覚えていない(笑)。親については話したような気がする。子を持つ親が(自分の両親も含めて)みなぼくたちと同じように大変な子育てを経験してきたという事実への驚き。もちろん苦労ばかりでなく、親たちは子育てや子どもという存在を通して、「生きる希望」みたいなある種のギフトも同時に受け取っているということ。世の中には「自分なんて生まれてこなければよかった」と嘆いている人たちもいるかもしれないが(かつてぼくもその一人だった)、人は可愛らしい姿でこの世に生まれてきたそのことだけで、既にもう十分におつりがくるほど価値のある仕事を成し遂げているのだと、いまならはっきり思える。もちろんそのギフトをしっかりと受け止めることも、親としての大切な仕事に違いない(と昨今のニュースを見て思う)。

ぼくが短時間でこんなに長い論理的文章を話せるわけがないので、親について話したことは妄想だったのかもしれない。でも、出来上がった詞には、「生きる希望」とそれが次の世代に連鎖していくことがきちんと表現されていて、さすがプロフェッショナルだと感じた。ぼくのエピソードに関わりなく、100%德田君のフィルターを通った言葉になっている。

余談だが、歌詞の設定としては「キミ」=彼女、ということらしいのだが、ぼく(ともう一人、同じように子どもを持つスムルースのディレクター氏)には、「キミ」=娘(または息子)、にしかみえない。CDをお持ちの方は、ふたつの解釈で聴き比べてみるのも面白いと思う。

 
hand

HAND(→Amazon.co.jp
スムルース(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)





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