展覧会日和[2009・11〜12月]

展覧会日和[2009・11〜12月]

11月×日
新橋のクリエイションギャラリーG8/ガーディアン・ガーデンで、原耕一アートディレクション展「もうちょっとだな」が同時開催されていた。原さんという名字のアートディレクターが何人もいるので混乱しがちだが、原耕一さんはYMOの『BGM』期の雑誌広告、サザンやINU(町田町蔵)のレコードジャケット、サントリーやJTの広告などを手がけた人。会場にも閲覧可能な形で展示されていたサントリーのPR誌『SPIRIT.』からも、80年代特有のむせかえるようないい匂いがぷんぷん漂ってくる。で、すっかり80年代の人だと信じ込んでいたのだがとんでもない、21世紀以降現在もなお、広告など様々な分野で第一線で活躍中なのであった。特に90年代の写真ブーム以降の写真集の仕事では、80年代とはまた違った形で時代を牽引している印象すらあった。過去に関わったたくさんの写真集(これも閲覧可)に起用された写真家の人選が非常に的確で(森山大道、石内都、ホンマタカシ、若木信吾、新しい人では石川直樹、鷹野隆大ほか)、彼と仕事をした写真家は必ず大物になる、みたいなセンサーの役目を果たしているようにも感じられた。第二会場のガーディアンガーデンには、日本専売公社〜JTのたばこ広告やPARCO、YMO、シナロケなどの過去の広告仕事がずらりと。今回も充実しているタイムトンネルシリーズの対談本を買って帰った。

ギンザ・グラフィック・ギャラリーまで歩いて、北川一成展へ。住み慣れた印刷の世界から離れて、ビジュアル表現の高みを目指そうとする姿勢はわかるのだが、そのタイポグラフィにはどうしても馴染むことができない。馴染ませないのもまたデザインだと、心の別の場所で知りつつも。

11月×日
北村範史さんの展示第三弾(FRAMeWORKの球根展も含めると4回目)「窓」を観に、水道橋の食堂アンチヘブリンガンへ。内装もさりげなく置かれた小物もすべてが洒落ている店内で、飾られた写真や絵の作品が文字通り「窓」のように機能している。別の場所で打ち合わせがあるのでランチを食べてすぐに出ようと思ったら、北村さんが現れたので少し話すことができた。

11月×日
1歳の誕生日を境に娘のボキャブラリーが徐々に増えてきて楽しい日々。恵比寿のMA2ギャラリーで、楽しみにしていた藤井保「BIRD SONG」を観る。原研哉、深澤直人との無印良品の仕事などで有名な写真家。渡り鳥の撮影をライフワークにしているのだそうだ。美しい群れの隊形を写し止めた写真と、鳥の羽ばたきを残像のようにとらえた写真、どちらも藤井さん独特の重みのあるモノクロで見ごたえがあった。グルビ×コーネリアスの「WATARIDORI」を思い出す。優雅でタフで、とても切ない。

11月×日
めったに行かない新中野にある女子美ガレリアニケというギャラリーへ、NNNNY(伊藤ガビンとグラフィックデザイナーいすたえこのユニット)による『NNNNYのデザイン家電の予習復習』を観に行く。以前、結局来日できなかった思想家のフェリックス・ガタリのイベントで、点字+ステンシルの上からスプレーを吹いて作成したフライヤーが彼らの作品だった。今回の展示はそれとはまったく無関係の、デザイン家電の忘れられたプロトタイプともいうべき「家具調コタツ」がテーマ。現在のデザイン家電の方向性(引き算)と家具調コタツのそれ(足し算)は真逆を向いている、ということに気付かせてくれただけでも面白かったというべきか。

11月×日
乃木坂21_21 DESIGN SIGHTの、「THE OUTLINE 見えていない輪郭」展へ。先日も観た藤井保さんが深澤直人のプロダクトを撮る、というよだれの出そうな展示。藤井さんの写真における対象の切り取り方、深澤さんの徹底的な引き算の末に切り出されたプロダクト、どちらからも学べることがたくさんあった。レタリングで影だけを描いて書体を表すアプローチが、今回の「輪郭」の考え方に似ていると思った。

11月×日
藤井→藤井/深澤、と来て、今度は深澤さん単独の展示へ。とはいっても個展ではなく、表参道EYE OF GYREで、深澤直人が主宰するデザインワークショップ「WITHOUT THOUGHT」発表展のVOL.10「箱|BOX」が開かれていた。参加デザイナーが提案するパッケージ(商品/モノを包む箱)が実際に作られ、展示されている。ワンアイデアで笑わせる方向の作品が多い中、關真由美さんという人の「1カットのショートケーキの箱」(ショートケーキ一箱分の箱の内側が鏡になっていて、開くとホールケーキのように見える)が、アイデアと見た目の双方で優れていた。図録を購入。その後、HBギャラリーの網中いづる個展「Once upon a time」のオープニングに向かうも、パーティーの混雑で中にも入れず、あきらめて夜から始まる打ち合わせの場所へと向かった。

11月×日
忙しさのピークをようやく乗り越え、次の仕事の準備などに少し時間をかけてじっくりと取り組む日々。日本橋の産業技術史資料情報センターという聞き慣れない場所で「ザ・テレビゲーム展 〜その発展を支えたイノベーション〜」(PDF)という興味深い展示が行われていると聞き、早速行くことに。北九州で開かれる「ザ・テレビゲーム展」のプレ展示ということで(そちらも行きたかった…)、狭い会場に、初期のテレビゲームの原型となるオシロスコープを使った機器や、日本からは任天堂のファミコン〜ゲームキューブ、それに対抗するSEGAのマスターシステム〜メガドライブ(←両方持ってた)からNECのPCエンジンまで、レアなゲーム機がずらりと並んでいた。中でも衝撃を受けたのは世界初の商用家庭用ゲーム機「ODYSSEY」。映像を見るとわかるように、ODYSSEYは白黒テレビの上に、カラー印刷された透明フィルムをゲームごとに貼り替えてプレイする。それぞれのフィルムがとても可愛いし、家庭用白黒テレビの表現の拙さをカバーするアイデアとしても秀逸。こんな珍しいゲーム機に出会えただけでも幸せだった。

 
そのまま少し歩いて、京橋Bartok Galleryの「現代女流絵本作家展」という厳めしい名前のグループ展へ。気になっていた画家さんの絵をまとめて見ることができた。展示作家のひとりであり友人の、市居みかさんは数日前ブログで第一子の妊娠を発表。とても嬉しい。不在だったがお祝いのメッセージを残して会場をあとにした。

 

12月×日
新宿2丁目。初めて行くPhotographers’ Galleryで野村佐紀子写真展「野村佐紀子展 1」。展示の内容よりも、このギャラリーへ向かうまでの周辺のゲイタウンぶりに少々たじろぐ。展示自体がこの街の一部であるかのようにすら感じたほどだった。暗闇と、男の裸と。

その後、表参道HBギャラリーの「和田誠・挿絵原画 大公開」へ。昔の挿絵原画と、復刻されたモノクロの童話(おさる日記)が何種類か売られていた。迷って結局買わずに出てしまった。

12月×日
原宿のLAPNET SHIPでMurgraph個展「3 chords」を観る。Murgraphこと下平晃道くんの、同時期に開かれる個展のひとつで、こちらはイラストレーションサイドの作品が並ぶ。新作はタイトルの通り3色で描いたドローイングで、奥さんでパートナーの多田玲子(Kiiiiiii)が描く3色ボールペンのドローイングに影響されているようでもある。もちろんアウトプットの仕方はそれぞれ異なるけど、本当にこの夫妻は双子のようだ。きれいな多色刷りのZINEと、Tシャツを買って帰る(翌日、同じ展示を妻と娘と三人で観た)。

12月×日
黒沢健一さんのアルバム『Focus』でご一緒した嶋本麻利沙さんの新作展「yellow turning gold」を、No.12 GALLERY(東北沢)で。前回の写真展「because there is light」を観て、すぐにアルバムの撮影を依頼したのがちょうど一年前のことだった。緑の木々がやがて紅葉して黄金色に変わるように(『Focus』リミテッド・エディションがお手元にある方は、ブックレットのライブ編直前の写真を参照)……まさに“yellow turning gold”のように時は過ぎ、嶋本さんの写真も黄色く深く色づいていた。というのはもちろんぼくの主観に過ぎないけど。

12月×日
久々に銀座へ。長い行列とテレビの取材。きょうがアバクロ銀座店のオープン日らしい。行列にも渋滞にも興味ないので足早に素通りして、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催中の「広告批評展 ひとつの時代の終わりと始まり」へ向かう。展示のディレクションがグルーヴィジョンズ。昔から広告批評は事あるごとに購入してきて大好きな雑誌だったが(とくに中村至男、グルビのAD時代)、この展示はまさしく「ひとつの時代の終わり」以外の何物でもなかった。1F中央に設置された白い箱の中に、トイレの落書きのような寄せ書きコーナーがあって、それが新しい広告批評の「始まり」に相当するらしかった。新サイトのURLと、その周りにマジックペンで書かれた広告業界人、編集者、あるいは広告業界を目指す学生たち?の、いまだに広告の未来を信じて疑わなそうな(とぼくには感じられた)書き込みの数々。2ちゃんやSNSの向こうを張っているようでいて、実は思い切り閉じているその小部屋にこそ、広告と広告批評のひとつの時代の終わりを見た気がした。会期がもしも半年後の(twitterとUstreamがある)現在だったら、切り口が全然違っていたかも、とも思う。広告批評の本当の「始まり」に期待している。

会場を後にし、新橋のクリエイションギャラリーG8とガーディアン・ガーデンで開かれている「手ぬぐいTOKYO」へ。200人のクリエイターによる手ぬぐいの展示即売。以前ぼくも、複数のクリエイターによる…という触れ込みのTシャツ競売に参加したことがあるが、この手の企画では売れる商品と売れない商品の差が如実に表れて、ある意味非常に酷だといえる(自分のは売れなかった方)。この企画展に限らず、売れる作品とそうでない作品の違いをはっきり見極めることは、プロダクト制作において非常に参考になると思う。ネームバリューがあれば売れるというわけではなく、かといってクオリティが大事かと思えばそれだけでもない。

12月×日
もうすぐ終わりそうなヴェルナー・パントン展を観に、初台の東京オペラシティアートギャラリーへ。徹底的にモダンで未来的で、ラグジュアリー(←パントンのパターンをジャケットに使ったFPMのアルバムのタイトル)を追求したプロダクトの数々。最近観てきた質実剛健、シンプル・イズ・ベストのプロダクトとは対極の世界。パントンのインタビュー映像を観ながら、3Dカーペットの「ウェーブ」に寝転んでそのままうとうとしてしまった。

12月×日

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年の瀬。今年はありがたいことにたくさんの仕事に恵まれた。しかも締めくくりを、ずっとデザインに関わっているスムルースのアルバム撮影のための大阪出張で飾ることができた。前回(1月)と違って遊びにいく時間はほとんど取れなかったけど、大阪の中心部から少し離れた岸和田で同じ時期に開かれている、はまのゆかさんの「Thank you!! 原画展 〜デビュー10周年記念〜」だけはどうしても観ておきたかった。はまのさんは「13歳のハローワーク」の挿絵で有名なイラストレーターで、スムルースのヴォーカル徳田君の大学の後輩にあたることを前々から聞いていた。

なんばから特急サザンに乗って岸和田へ。古き良き情緒が残る街並みを歩くこと約15分。会場の自泉会館は、古い様式の建築がそのまま残されている、地域の大きな公民館みたいなところ。その一室にはまのさんの10年分の作品が並べられている。手作り感あふれる展示が彼女の絵にはよく似合っているように感じられた。本人に会えなくても、と思い、ノートに感想とスムルースの撮影で東京から来た旨を残して帰ろうとしたら、それを見たはまのさんご本人が声をかけてくれて、スムルースのことや絵のことについて短い時間話すことができた。こんな小さなことでもいつか何か、自分自身や自分のまわりでつながることがあればいいなと願いつつ、いつも展覧会に直接足を運んでいる。
 
>>展覧会日和[2009・9~10月]

 
――2010秋以降の展覧会ツイートを、こちらのハッシュタグ #gbiyori に残しています。

展覧会日和[2008・11〜12月]

展覧会日和[2008・11〜12月]

11月×日
代々木八幡のラムフロムで、瀧本幹也写真展「Iceland」を観る。11月に入って予定日より早く娘が誕生し、病院の付き添いや産後のフォローのため、ゆっくり外出することもままならなかった。あらかじめ覚悟はしていたので、先月はちょっと多めに観ておいたのだ。こんな中でも嬉しいことに仕事の依頼があり、きょうはそのためのネタ探しも兼ねて立ち寄った。アイスランドの荒涼とした山肌の風景。もっと広い場所で見てみたかった気も。

11月×日
数年振りに作品をリリースする男性ミュージシャン(黒沢健一)のアルバムデザインに向けて、いただいたデモ音源を聴きながらイメージを浮かべてみる。音を聴いて最初に見えたのは、白くてぼんやりした、何が映っているのかはっきりしない風景だった。雪とかガラスとか?……。数日前から写真をメインにヒントになりそうな資料を探している。きょうは原宿から程近いリトルモア地下で開かれる、野村佐紀子写真展「夜間飛行」へ。全ての光景が暗闇の中に深く沈んでいる。明るさ、白さの対極にある写真。写真とは何かをはっきりと写すもの、という考えが彼女の作品を見ると根底から覆されてしまう。それがまた作者自身の心の中を同時に写しているようで面白い。
 
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原宿から表参道をあてどなく歩く。渋谷でやっている田名網敬一展に行く前に、スパイラルレコーズにちょっと寄り道。いつもの習慣でディスプレイの下に置いてあるフライヤーを順番に取っていくと、一枚のはがきに手が止まった。皺のところが薄く影になった白いシーツの写真が印刷されている。こ、これは……まさに数日前から頭に浮かんでいたイメージそのものの写真ではないか。裏面のお知らせによると、さっき通り過ぎた表参道ヒルズの地下でその写真家の個展が開催中だというのでさっそく戻って行ってみることに。嶋本麻利沙写真展「because there is light」。会場はイデアフレイムスという雑貨店の一角にあった。展覧会の名前も被写体の風景も、生まれたばかりの娘に縁があったりして偶然とは思えない。はがきに印刷されていたシーツの写真が大きく引きのばされて展示してあった。ほかの写真も光のとらえ方が絶妙で色もきれい。本人とは話せなかったが、販売されていた写真集にもイメージに近い写真がいくつかあったので、買うことにした。今週のプレゼンミーティングに持って行こう。

歩いて渋谷に出て、NANZUKA UNDERGROUNDの田名網敬一個展『COLORFUL』へ。60年代から70年代、時代の寵児だった頃の作品を集めた展示。アニメーションが懐かしい。昔、Kiiiiiiiの付き添いで京都造形芸術大学に行ったとき、学長だった田名網さんと15分ほど雑談したことがある。15分が5時間にも10時間にも感じられるような濃い時間だった(ほとんどが「……」だったような気もするが)。

11月×日
アルバムのデザインを嶋本麻利沙さんの写真で進めることが決まり、ミーティングの翌日ふたたび個展へ。今度はちゃんとお話しでき、仕事についてのOKもいただく。

 
12月×日

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表参道のスパイラルで「DO MORE WITH LESS-デザインサイエンスが育んだ THE NORTH FACEの40年-」を観る。40周年を迎えたアウトドアメーカーTHE NORTH FACEの歴史を辿る企画。展示構成はグルーヴィジョンズで、なるほどと納得。歴代の雑誌広告のスクラップも時代の流れを感じさせた。すべてリンク先にある特設サイトで見ることができる。

そのあと、ピンポイントギャラリーの樋上公実子『チョコレータひめ』原画展へ。樋上さんは友だちの友だちにあたるイラストレーターで、その友だちがお話を書いた同名の絵本を上梓したばかり。お菓子の店テオブロマのパッケージをずっと担当していて、ぼくもよく贈り物に愛用している。甘いものが大好きなので、甘いお菓子が大好きなお姫様が主人公という今回の仕事は、きっと天職みたいなものだったろう。甘い物を記録した食日記「甘味偏愛記」のネタに家の近所の洋菓子屋で買ったチョコレートを差し入れ。

12月×日
12月は観たい展示がたくさんあったのに、娘と過ごすのに忙しくほとんどスルーしてしまった。それでも目黒区美術館の石内都「ひろしま/ヨコスカ」だけはどうしても観ておきたかった。石内さんはぼくが勝手に思い込んでいたよりもずっとキャリアの長い人で、森山大道や同時代の写真家と同様、ジャーナリスティックでありながら独特の目線を持っている。初期の朽ち果てたヨコスカや東京のバラックを収めた作品から、傷のシリーズ、母の遺品、原爆の遺品……に至るまで、正視できないものを冷静に見つめる姿勢がずっと変わっていない。そこに不思議な優しさを感じるのは何故だろう。最後の「ひろしま」のシリーズ、これだけでもひとつの会場で観たいくらいだった。ZEIT-PHOTO SALONも見ておくべきだった。

12月×日
吉祥寺での仕事の帰りに、にじ画廊にちょっと立ち寄る。天明幸子個展『easygoing』をやっていた。毒のない可愛いイラスト。子どもってよくこういう表情をする。少々尻すぼみだったが、これで今年の展覧会も見納め。
 

>>展覧会日和[2008・10月]

 
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Kiiiiiii US Tour report  02: Cake Shop, NY, 04/APR/2007

Kiiiiiii US Tour report 02: Cake Shop, NY, 04/APR/2007

お待たせしました。4月4日、Kiiiiiii@Cake Shopのレポートです。
この日は照明が暗くて写真が撮りづらかったせいか、いいコンディションの写真が
ネット上にもあまり残っていないようです。
 

Kiiiiiii US Tour report 02: Cake Shop, NY, 04/APR/2007
 
Kiiiiiii NY Tour3日目の会場は、Cake Shop(ケーキ・ショップ)という可愛い名前の店だった。前日のTonicもここも、宿泊していたホテルから徒歩圏内のlower east一帯に含まれている。チャイナタウンに近接するこの辺りは中国語の看板が目立ち、古びた低層の建物が立ち並ぶいかにもダウンタウンといった印象の街並みだが、最近は家賃の安さにひかれて若いアーティストが次々と移り住んでいるという。可愛い雑貨屋や若者が集まるバーやカフェも多く、街の印象としてはちょっと「下北沢」っぽいところがあった。
 
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このCake Shopも、下北沢に行けばありそうな感じのcafe + record shop + bar(ライブハウス)という業態。入口にある看板も内装もピンクを基調としていて、店の名前に劣らず可愛い。店の奥にあるレコードショップでは、アナログ、CD/DVD、ミニコミなどが売られている。BGMはelectroに80’s disco、ヴィンテージ・ロック……と無節操なのがいい。入って右側の奥まで続く壁にずらーっと椅子とテーブルが並ぶ。店内はWi-Fi free(無線LAN有)で、ノートPCを持ち込んで仕事やnet surfingをしている人も何人かいた(Wi-Fi freeと看板が掲げられた店はほかにも何軒かあった)。店内は決して広くはないけど、天井の高い壁を背にして椅子に深く腰を下ろし、ミルクのたっぷり入ったchaiをゆっくり飲んでいると、とても気分が落ち着いてくる。おそるべき和み空間。日本にもしCake Shopがあったらきっと頻繁に通ってしまうだろう。すっかり和んで夏の輪ゴムのように伸びきっているところに、本番前のKiiiiiiiの二人がやってきて夕べのライブのことやアメリカに来てからの話をしてくれた。u.t.はまだ声の調子が良くなさそうで、大事を取って腹話術の人形のように口パクでの会話だった。出番が近付いて二人が地下へと消えたのに続き、カウンターで入場料を払って「BAR」という看板の矢印が指し示す地下への階段を降りていった。
 
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地下のライブ・スペースは縦に長く、barやstageの位置などいろんな点で下北沢のClub 440というライブハウスに似ていた。スケジュールによればこの日のactはPandatone、Exeter Popes…等とあり、Kiiiiiiiの出番は3番目。Tonicとは違ってall standingで客層も日本のライブハウスに近く、若者が多い。前のバンドの演奏が終わったところで前方に進もうとするが、混んでいて身動きがとれない。突然BGMが変わって、懐かしいザ・ヴィーナスの「キッスは目にして」が流れてきた。ステージは低くて、かなり前に近い方でも演奏がよく見えなさそうだったので、そのまま前に進み、ステージ左側の少し空いている場所で見ることにした。そこはスタッフや日本人の来客が陣取る「保護者席」と化していた。しかしそこにも普通の観客が集まってやがてぎゅうぎゅうになってしまうのだが……。BGMは中森明菜の「少女A」になり(Lakinが飾り付けしながら口ずさんでいる)、次に田原俊彦「抱きしめてTONIGHT」に変わった。アレンジがいま聴くと逆に新鮮で「トシちゃんってelectroだったんだ」……この日のどうでもいい発見だった。
 
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BGMが終わり、Kiiiiiiiのライブがスタートした。二人が手を高く掲げるのを真横から見たのは初めてだった(打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?)。どこから情報を聞きつけてやってきたのだろうと不思議に思うくらい、フロアは観衆でぎっしり。Tonicの4倍から5倍は入っている。そしてバンコクのときと同様、反応がものすごく熱かった。下手すると日本人が一番おとなしいのでは? 単に騒ぎたくて声を張り上げてる風でもなく、ステージにちゃんと呼応してライブを盛り上げているのが感じられる。一曲終わるごとに「Great!」「I love you!」…だんだん表現がエスカレートしていく。定番のポーズにも笑ってくれるし。「We’re the BAD」の”We are the world”のくだりに、Tonicと違って反応が小さかったのはジェネレーション・ギャップの問題かも(?)。
 
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ちょうど目の前にキーボードがあったため、座っている場所からはLakinのドラムがあまりよく見えなかった。かわりに、u.tの歌と最前列の観客の反応にフォーカスしてじっくり見ることができた。喉が本調子ではないことを一切感じさせないくらい、この日の彼女のパフォーマンスは凄かったと思う。「never never never land」でティンカーベルを放つときの手つき(本当にそこにいるみたいだ…)と、それを見て「ほぉぅ」と大きくうなずく最前列の男子の顔がいまも脳裏に焼き付いている。「word of wisdom」の“小さな死”と「be honest」のエアギターも完璧。映像は真っ暗だけど、そのときの会場の様子がYouTubeに残っている。本編最後の「wishing the penguin star」(Lakinのおもちゃのワニはいつでも人気だった)を終えて、u.t.がステージ裏手にある楽屋のドアを、ビールの栓でも開けるみたいに勢いよくkickして中に入っていった。盛大なアンコールに応えて「4 little joeys」と「Kiiiiiii (rap)」を演奏し、すべてを終えて楽屋に戻ったu.t.とLakinが半開きのドアの向こうでhugしているのが見えた。そしてu.t.がやってきてぼくたちと抱擁。目には涙。膝はがくがく。本当によかった。Lakinとも固い握手。

そういえば、途中でtoy-keyのマイクのトラブルが発生して音が出なくなったとき、ステージに素早く駆け上がって助けてくれた日本人の男性がいた。あまりにスムーズだったのでお店の人かと思っていたら、そうではなくて「正義の味方」だった。SXSWつながりで、テキサスでKiiiiiiiと対バンしたPEELANDER-ZのYellowさんが、ニューヨーク在住ということで遊びに来てくれたのだった。ライブが終わってから固い握手を交わし、先ほど助けてくれたことへのお礼を言ったら、「いやあ、あの子たちの周りには、助けたいという気持ちにさせる何かがあるんですわ!」とうれしい言葉が返ってきた。でもホント、その通り。終演後のBGM、RCサクセションの「トランジスタ・ラジオ」を楽しげに口ずさんでいた。それにしてもイエローさんも前日のmumbleさん(この日も来てくれた)もそうだけど、ここニューヨークでもKiiiiiii周りのメガネ男子率の多いことに驚く。
 
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ニューヨークで2日間Kiiiiiiiを観て、日本と同じように何ら問題なく(むしろ言葉の点では壁もなくよりスムーズに)ライブが成立していることが驚きだった。今回短い時間でチェルシーやソーホーなどを駆け抜けるように観て、日本人の名前を見かけることも多々あったし、上手く最初の足がかりさえ作れたら、今後日本と海外を行ったり来たりする活動も普通にあり得るのでは、と思った(そうなればぼくたちの海外旅行の楽しみも増えるだろう)。二人の「アウェイ力」、日本の昔話の「花咲じいさん」みたいに“枯れ木に花を咲かせる”ような無から有を生み出す力を、こういう場所で改めて目の当たりにできたことも今後の人生への大きな刺激となった。本当にありがとう。
 
>>Kiiiiiii US Tour report 01: Tonic, NY, 03/APR/2007

Kiiiiiii US Tour report  01: Tonic, NY, 03/APR/2007

Kiiiiiii US Tour report 01: Tonic, NY, 03/APR/2007

先週観てきたKiiiiiiiのNY Tourについて憶えている限りのことを記します。
(海外からも拾えるように英語を多めに混ぜています。)
まずは4月3日のTonicから。

 
Kiiiiiii US Tour report 01: Tonic, NY, 03/APR/2007
 
Kiiiiiii NY Tour 2日目会場のTonicは、Lower Eastにある老舗のライブハウス。John Zornら前衛ジャズ/即興音楽の本拠地として知られ、大友良英、灰野敬二、RUINS、ヒカシュー/巻上公一もかつてここでプレイしている。何度か資金難による閉店が噂され、オノ・ヨーコ(Yoko Ono)ら有志の寄付により何とか持ちこたえてきたが、とうとう今月13日、John Zornによるラスト・ステージでその長い歴史に幕を閉じることになった(閉店の理由は再開発という説がこちらに)。

店内の配水管むき出しの古びた造り(日本でいえばLOFTか新宿時代のLiquidroom風)、ステージ後ろに張られたDavid Lynchの映画に出てきそうなred curtainも「厳めしい」という言葉がぴったりくる。ステージの前には6脚×5列ぐらいの年季の入った椅子(Eamesのside shellチェア)が整然と並ぶ“アリーナ席(arena seats)”が用意され、ちょっとオタク/ロック・フリーク的な風貌の人々が座っている。客層はやや高め(見た感じ30歳以上が中心の印象)。周りにあるいくつかのテーブルとハイ・スツールにも何組かが座り、後方にはざっと数えて20〜30人程度の立ち見の人々。

さてKiiiiiiiの登場、の前に1st Act、Adachi Tomomiの演奏が始まった。ワールドワイドに活動するヴォイス・パフォーマー。衣服の上に多数のマイクを仕込み、奇妙なポーズで悶えながら絶叫。その声をマイクで拾い、パワーブックでディレイ/エフェクトをかけていく即興音楽。ひんやりとした空気がフロアに漂う。……実はこの時点で、前方に座っているお客さんたちはみんな彼の演奏を目当てに来たのでは?と良からぬことを考えていた。終わったらみんな席を立って帰ってしまうんじゃないか? とんでもないところに来てしまった、と一瞬思った。しかし誰も席を立とうとしなかった。どころか、観客の数はそれまでよりも若干増えている。Lakin’がR2-D2のbagの口を開いて、素敵なデコレーションがステージに勢いよく飛び散る瞬間、誰かが「Hoooo!」と叫んだ。BGMは、いつものJackson Five「I want you back」。それがfade outして、二人が繋いだ手を高く掲げるといよいよshowの始まりだ。

オープニングは「Carp&Sheep」から。u.t.がいきなり客席に降りて「Hey?」と観客にマイクを振っていく(椅子席の中央は花道のように広くなっている)。二番目にマイクを向けられて「Hey! Hey!」と応えたら、周囲に小さく笑いが広がった。椅子に座ってKiiiiiiiを観ること自体珍しい経験だが、この伝統あるClubにはなんだかふさわしく思えた。レパートリーは、2月の復帰ライブ以降の新曲を数曲含む構成。たくさんの練習とUS Tourでの連戦を経た末の揺るぎない選曲、という印象。ただひとつ心配なのは、u.t.の喉の調子が辛そうだったこと。それでも素晴らしいアクションとenergeticなパフォーマンスに、みんな釘付けになっていたようだった。Tokyoとまったく変わらない構成でライブを行い、それが“普通に”、何の違和感もなくNew Yorkの観客に受け入れられていることが、なんだか不思議だった。日本でライブを観ているみたいな感覚に一瞬とらわれてしまった。

Tonicの観客は静かでどちらかといえばShyだったが、心でKiiiiiiiのことを熱く受け止めている印象だった。「We’re the BAD」の最初でLakin’が「Clap your hands!」とaudienceを煽って、ようやく小さな手拍子が始まるといった感じ。でもみんな椅子の上でも自由に体を動かしているのがわかったし、アメリカの映画や音楽など英語圏の元ネタをふんだんに使った歌詞には、いちいち目を丸くして反応していた。”We are the world” の歌のフレーズや “Who’s BAD!?/Beat it!!” の掛け合いには大きな笑い声が上がった(そのジョークが理解できる世代が多かった、ともいえる)。

アンコールは「4 little Joeys」と「On Your Holiday」。R2-D2のbagにdecorationをしまいかけたLakin’がそれをぶわ〜っと放り出す動作に、観客が激しく沸いた。YMOの「Public Pressure」というlive recordingのalbumを聴いてアメリカ人の歓声というものに胸を熱くしたものだが、この日それと同じ「Haoh~!」というかけ声を聞いて興奮した。ここは確かにNew Yorkだとそのとき思った。よく考えたらKiiiiiiiはYMOと同じことをしている。そのLiveの現場に自分がいることにも驚いた。実際にその場に立ち会ってわかったのは、一見派手にみえるそれが、当人たちにしてみれば孤独で結果の見えない賭け(long shot)のような営為だということだった。そんな勝負を二人は一ヶ月にも渡って続けてきたのだ。
 
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ライブが終わってから、前の席にいる日本のindies rockにやたらと詳しい男性と少し話した。彼は”Rock of Japan”というウェブサイトを主宰していて、そこにはこれまでに観たJapanese rock bandについてのlive reportが克明に記されている(帰国したらKiiiiiiiのこの日のreportも追加されていた)。彼も今回のUS Tourがきっかけで、Kiiiiiiiのことを気に入ってくれたようだった。終わってからu.t.にBGMのJackson Fiveについてしきりに質問していた。終演後はちょっと大人のKiiiiiiiファンの男性たちが物販コーナーに並び、DVDの「Gold and Silver」を片手に、ちょっとしたサイン会の様相だった。「明日も観に来るよ」「flyerに載っていない最終日のCindersってどこ?」…そんな会話が飛び交っていた。

この日、Kiiiiiiiのライブ中と転換時にVJをしていたのはmumbleboyさん。奥さんのkaoさんをパートナーに可愛い映像や人形をつくっている。東京にも時々来ていて6月には原宿のギャラリーで展覧会も行うそうだ。ぜひ観に行きたいし、家族の営みから自然に創作が広がっていく感じがいいなと思った。帰り際、さっきのMr.”Rock of Japan”から “Enjoy New York!”とあたたかい言葉をもらった(この日が旅の初日だった)。そのときは言えなかったが “Enjoy Kiiiiiii”、これがお返しの言葉だ。
 
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>>Kiiiiiii US Tour report 02: Cake Shop, NY, 04/APR/2007

2005/11/05:Kiiiiiii@Heineken FAT FEST FIVE

2005/11/05:Kiiiiiii@Heineken FAT FEST FIVE

Kiiiiiiiにとって初めての本格的な野外フェスであり、毎年バンコク市内で開かれるロック・フェスティバル「Heineken FAT FEST FIVE」を観に行くこと。これが今回の旅の殆ど唯一の目的だった(気がする)。

FAT FESTとバンコクでのロックの盛り上がりは、KiiiiiiiのLakin’が出演するラジオ番組「FAR EAST SATELLITE」でも何度か取り上げられていた。去年は、フェスを観に行ったLakin’が偶然、現地の電子音楽ミュージシャンのステージに飛び入り参加した、なんて出来事(こちらこちらで)もあった。そして今年は初めてKiiiiiiiとして、FAT FESTのステージに上がることに。結成して2回目のライブからずっとKiiiiiiiを見続けてきたファンとして、今回のバンコクはどうしても行かないわけにはいかなかった。

 
2005/11/05
Kiiiiiii@Heineken FAT FEST FIVE

 
Fat FestivalはバンコクのFMステーションFat Radioが主催し、ビール会社のハイネケンがスポンサーを務める、今年で5回目になるロック・フェスティバルである。今年は、主にタイ国内と日本を含む国外から100を超えるバンドが参加した。会場は毎年変わるらしく、今回は2000年に閉鎖されたタイ最古のテーマパーク「デンネラミット」の跡地。ほとんどが芝生とコンクリートだけの平坦な広場だったが、Kiiiiiiiが登場したCastle stageの後ろには当時の名残りのお城がそのまま残っていたりして、ちょっと不思議な雰囲気が漂う(ロゴにお城が描かれているのはそのため)。

地下鉄パホンヨーティン駅からタイ特有の屋台が並ぶ道路脇を歩いていくと、巨大なスーパーマーケット「テスコ・ロータス」が見えてくる。このあたりはフランス資本のカルフールほか複数の巨大スーパーが通りをはさんで向かい合う、外国資本による郊外型スーパーマーケットの激戦地らしい。バンコクにはいま、外資がものすごい勢いで流入している。2004月に開通したばかりの地下鉄も円借款で作られたものだというし、このフェスの開催もハイネケンの出資によるところが大きいのだろう。そのハイネケンの緑色が目立つビルボードが見えてきた頃、歩道は会場に向かって歩く人々で身動きがとれないくらいの賑わいになってきた。
 
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会場隣のチケット売り場(警察署の庭)で1DAYチケットを購入し、入口へ。受付の列に並んでいると突然、スコールみたいな大粒の雨が降ってきた。用意してきた合羽をここぞと取り出して身に着けふと周りを見ると、合羽はおろか傘の用意をしている人さえ皆無に近い。みんな揃って近くのテントに避難している。逃げ切れなかった人はそのまま濡れっぱなし。逆に合羽を着ているぼくの方が珍しい存在に。これが噂の“マイペンライ”(大丈夫)なタイ・スタイル。雨はすぐに止み、合羽を脱いで入場した。
 
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案内図をもらってしばらく中を歩いてみた。FAT FESTは、3つのステージと、映像やヘッドホンDJ(上の写真=DJブースの周りにぶら下がったヘッドホンを耳につけてクラブ・ミュージックを聴く、不・思・議なスペース)などのブース、タイ屋台が並ぶフード・コート、そしてインディー・レーベルや個人によるグッズやミニコミのマーケットで構成され、どこも10代から20代の若者で賑わっている。フード・コートやグッズ・マーケットを見ていると、ロック・フェスというより田舎の夏祭りか高校の文化祭みたいな雰囲気。タイ屋台で20バーツ(日本円で約50〜60円)のヌードルや肉ご飯を注文し、次々とたいらげる。なかなかおいしい! 会場に入った頃からいくつかのバンドが演奏していたが、そこまでの時点でぐっと来るアクトは正直なかった。もう一品タイ・フードを買って近くのテーブル席で食べながら、Kiiiiiiiの出番の17時50分まで1時間半以上、どうやって時間をつぶそうかと考えていたら、突然、目の前にあるCastle stageから大音量で「4 little Joey remix」が流れてきた。あれ? なんでこんな時間に、と思いステージを見ると、飾り付けをしているKiiiiiiiの姿が! 食べかけのタイ・フードをテーブルに置いたまま、猛烈な勢いでステージへ走った…。

ライブスタートの時点でかなりの観客がステージの前方に群がっていた。Kiiiiiiiのことは以前から噂になっていたのか、もしくはたまたまこの場で見て興味をひかれたのか……観衆はどんどんふくれあがり、最終的に少なく見積もっても1000人、あるいはそれ以上の人々がステージの周りに集まった(注:記者発表=3000人!)。おそらくほとんどがタイ・ピープル。Kiiiiiiiがこんなに大勢のオーディエンスの前で演奏するのは初めて。おまけにここは異国のバンコク。考えてみたらとんでもなくスゴイことが、この場で起こっているのだ。
 
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数もさることながら、Kiiiiiiiのライブでこんなに熱くて力強い観客の反応を見たのも初めてのこと。英語がわかるからか、みんなKiiiiiiiの歌に込められたユーモアとシニシズムにちゃんと反応して、笑い、拍手し、歓声を上げている(もちろん歌詞だけでなく、可愛さとエネルギッシュなパフォーマンスにも!)。

笑いや歓声のポイントも、日本と同じだったり、微妙に違っていたりして面白かった。
思い出す限りでも「carp & sheep」のイントロの台詞のところ、「kk lala」の曲の途中、「aluete samba」や「dancevader biber-hill pop」etc.…。誰でも知っているトラディショナル・ソングやポップスを引用した曲やフレーズのところでは、決まって大きな歓声や拍手が沸き起こった。曲の途中でジャズの演奏みたいに大きな歓声や拍手が起こるのは、日本では見られない光景だった。
「Aussie O’s bomb」のイントロでu.t.が刀を抜くパフォーマンス、「words of wisdom」の髪を櫛でなでつける仕草や最後のキーボードの回転プレイ、「wishing the penguin star」でlakin’ がワニのおもちゃを腹話術みたいに動かすところでは、日本と同様に大きな笑いと歓声が起こっていた。
「we are the BAD」では2メートル以上もあるステージから飛び降りたり、前に並ぶモニター・スピーカーを蹴落とそうとしてスタッフ(とlakin’)を慌てさせたり……u.t.のパフォーマンスはこの日、ワット・ポーの仏像みたいにキラキラと輝いてみえた。
 
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ライブはあっという間に終了し、ステージ裏にはサインや記念撮影を求めるファンの姿が。あとでわかったことだが、KiiiiiiiのBBSや日記にはタイのファンからのコメントが次々と並び、Fat Radioのサイトのウェブフォーラムには「Kiiiiiii見た?」的書き込みが殺到していた。バンコクの若者たちがぼくや日本のファンと同じように、Kiiiiiiiのライブに興奮を感じたのは明らかだった。

考えてみたら、タイ・ポップスのアイドル並みにチャーミングで、それでいてパンキッシュでクール、しかもテーマパークみたいに楽しくて面白くかつ刺激的でサービス満点のKiiiiiiiのステージが、あの刺激に満ちたバンコクで日常を過ごす若者たちに受けないわけがない。アイドルも、パンクスも、テーマパークも世界中にたくさん存在する。でも、それらをすべて満たすKiiiiiiiのようなバンドは、きっと世界中どこを探してもいないだろう(少なくともタイにはいなかったはず)。この日FAT FESTでKiiiiiiiを観た約3000人のバンコクっ子たちは非常にラッキーなことに(もしかしたら日本の多くのロックファンよりも早く)、“それ”に出会ってしまったのだ。
 
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